アロマの森とクロモジ
白神山地は、広大なブナ天然林とその生態系が世界的な価値を認められ、1993年にユネスコが日本で最初の世界自然遺産として登録した森(写真上:津軽峠から見る白神山地)。今回は、このブナの森の再生、森の樹木から抽出した精油やアロマ商品の製造・販売に取り組む合同会社「白神アロマ研究所」の活動をご紹介します。

代表社員の永井雄人さんは、白神山地が世界自然遺産に登録される前からブナの植樹や里山の利活用などを行い、2003年には地元住民の知恵を生かした自然体験学校「NPO法人 白神自然学校一ツ森校」を設立。白神山地の自然を創造的に活用した自然体験の活動を実施しています。クロモジの香りに着目したのは、4年程前。「ブナの森にもクロモジは自生し、クロモジによい香りがあること、キャンプなどで暖をとる時に、クロモジの枝を鉈で叩くと生木でも火がつくので油分が豊富なことなどは、随分前から知っていました。
ブナの森のガイドツアーでよい香りのする植物としてオオバクロモジを参加者に紹介すると、リラックスできると大好評。白神で体験する空気や水と共に、五感の中でも記憶に残りやすい“香り”もお土産として届けたいと思い、どこにいても白神の自然を楽しめるよう、特に香りのよいクロモジ精油の製品化を進めました」。
白神山地のアロマの魅力
2017年に合同会社「白神アロマ研究所」を設立。精油の蒸留法を一から勉強し、試行錯誤を重ねること3年程。難しかったのは成分の安定化と魅力の伝え方だったそうです。「成分分析を繰り返すと、リナロールやゲラニオールという高級香水にも使われるフローラルな香り成分が高いことが分かりました。その薬理作用も見えてきましたが、日本では精油は“雑貨”扱い。アロマセラピストや医師などに分析表をお見せし、コメントやアドバイスをいただき、表現に留意しながらクロモジの魅力を伝えてきました」。
現在はクロモジ、青森ヒバ、ニオイコブシの精油抽出をはじめ、芳香蒸留水、マスクスプレー、クロモジ茶などを製造販売しています。「プロモーション時には、精油とディフューザーを持ち歩き、白神山地の国産アロマとして紹介しています。観光フェアでは、説明するより香りの方がアピール力絶大!クロモジの香りをディフューザーで会場に漂わせると、この芳しい香りは何?と注目を集めています」

青森ヒバの精油

黒文字の精油
自然の中で伝えたい「体感インパクト」
永井さんが自然体験として大切にしているは、見る、触れる、共生する「体感のインパクト」。クロモジに触れ、自分の手で採取、蒸留にも携わる「クロモジ採取蒸留体験ツアー」(1泊2日、または1日)は人気を博しています。ヨガ講座や呼吸講座をプラスしたり、ツアーの宿泊に「農家宿泊」を取り入れたりすることも。精油は、どんな環境でどんな過程で作られているか…。香りを入り口に自然体験を重ねることで、確実に次なる自然への関心につながっていると感じます。

精油抽出後のクロモジを使って行う「草木染め」やクロモジの木でペンダントやストラップを作り、そこに精油を垂らす“木工品+香り”のワークショップなども大人や子どもに大好評。クロモジは白神山地での自然体験の記憶を彩る、欠かせない観光資源へと成長しています。


森の香りを都会の人にも伝えたい
体験ツアーは、首都圏から訪れる人が多いそうです。都心から来られた方は、歩き方と呼吸の仕方で分かります。森に来ても早足で呼吸が浅い。『ここで止まって、大きく空気を吸い込んでみましょう』と声がけすると、自然と呼吸も穏やかになるんです。すると心身が緊張していることに気づく。その気づきを与えるファシリテーター的な役割が香りにはあると思います。
都心で白神山地の話をしながら森の香りと呼吸法を紹介するワークショップも開催しています。都心でもクロモジは自然を感じさせてくれる香りとして毎回大人気だそうです。

持続可能な森にするために

世界遺産の森をフィールドにしているだけに、環境への配慮も細やかです。白神の森をいかに次世代に残していくかを林野庁と話し合い、毎年承諾を得たエリアで樹木を採取。さらに津軽森林管理署と年間約500㎏(樹体の約1割)を上限に採取することを決めています。
「大事なのは、里山の利活用。森を守る人たちが、山に入って手入れをし、里山で生活をしていく。そこに若者が残り、持続可能となるシステムをいつも考えています。森には、よい香りがあり、自然と触れ合うツアーも組め、それに関わることで賃金も発生します。上手に利活用することで町おこしにもつながるのです」。
永井さんはブナを植樹してきた経験を活かし、7~8年前からはクロモジを種から休耕田で育成、植樹する活動も行っています。「植樹した中には、高さ4メートル位になるクロモジもあります。難しいのは剪定。活着するまでが大変で、成長の過程は全て記録し続けています」。
食べるクロモジにも期待
白神アロマ研究所のアロマ製品は、ふるさと納税の返礼品としても活用されています。永井さんは、今後、「食」での活用に期待が広がると言います。
スイカのハリハリ漬にクロモジの葉の粉末をスパイス的にまとわせた漬物は、自然学校の食事でも話題沸騰中。「この漬物を食べると『この風味は何?』と驚く方が少なくありません。この土地に自生する、香りもよく体にもよいクロモジですと言うと、『また食べたいから、またここに来ます!』と会話が広がります」。今後は白神山地周辺で採れた山菜や野菜を、「食べるアロマ」として製品化する予定だそうです。


「クロモジは多くの人の生活を彩り、心身の健康のプラスになる逸材。今後もこの魅力を活かし、痒い所に手が届くモノ・コトを開発していきたいと考えています」と展望を熱く語ってくださいました。
高齢者施設でのクロモジの活用
ある介護施設で普段は全く言葉を発しない方に、クロモジの香りを嗅いでもらったら、「昔嗅いだことのある香り!」との声を皮切りに急に楽しそうにおしゃべりが始まり、介護士さんがビックリしたそうです。その他にも「小さい時に遊んだ里山の香りだ!」など、幼少期の思い出に花が咲いたとの事例も多々。実際に香りは脳の刺激となり、記憶を呼び覚ます力、心身の健康に結びつくことに気づきました。
アロマと聞くと若い方向けのイメージがあるかもしれませんが、もっと幅広い方にこの力を知っていただきたいと思い、高齢者施設での活用に目を向けました。
アロマの香りの効果
どのような「におい効果」が期待されるかを調べるため、デイサービスのレクリエーション室で高齢者18名の方に調査をお願いしました。
使用した精油はクロモジ、ヒバ、スギの3種類。森林のスライド投影と自然の音、香りを流したところ、91%が「リフレッシュする」と回答。最も好きだった香りの問いには、クロモジが一番人気(クロモジ55%、ヒバ28%、スギ17%)。利用者と介護者の双方にリフレッシュ効果が見られました。また、クロモジ茶を提供したところ、89%が「よかった」と答えました。
この結果は佐々木甚一弘前大学元教授との共著でインドと英国に事務所がある科学・医療系出版社「ブック・パブリッシャー・インターナショナル」が刊行する『薬学研究の最近の動向』に収録されました。廃材を有効活用している点が海外の出版社から評価されたようです。
香りを健康のために
白神山地に来られる多くは中高年の方。白神山地で生まれる香りのパワーを体験していただき、クロモジを含む樹木のアロマが、第二、第三の人生の健康、より楽しく過ごすために役立てばうれしいです。
サプリや薬に頼るのではなく、森にあるものを日々少しずつ取り入れ健康を維持する。そんなあり方を願いながら、香りにおける研究と調査を続け、様々な場面で使える製品を開発したいです。