生活

京都の伝統文化を継承するクロモジ

クロモジで染められた生糸は金色に

京絞り寺田さんのクロモジ染め着物
クロモジ染め着物「絞り染め」
京絞り寺田当主寺田豊さん
京絞り寺田当主 寺田豊さん

ものづくりを行う人々がものにこだわり、それを生き様にしている京都。その京都には類い希なものづくりの世界が展開しています。それは京都が長い歴史の中で育んできた美の営みの蓄積が、いまなお生き続けていることを起因しています。
千年を超える歴史の中で生み出されるものは、茶道、華道、香道、能・狂言をはじめとする伝統文化を支えると共に、衣食住など生活のあらゆる場面に溶け込み、京都の豊かな生活を文化を形成しています。
今回は染織を例に、京都の伝統文化とクロモジの新たな結び目についてふれてみます。

「絞り染め」をご存じでしょうか。細い糸で生地を絞り、染料が入らなくすることで模様をつくる技法です。京絞りでは、1mmくらいの小さな絞りを何万と作り、そのドットを組み合わせて繊細な模様に仕上げます。伝統に支えられ洗練を極めた技術には、さすが京都の伝統工芸品と思わずにいられないものでした。高度な絞りの技術を引き継ぐ職人さんは少なくなってきているそうで、一反一反が貴重な宝物のように思えてきます。
京絞り寺田の当主、寺田豊さんは長年にわたり京絞りを染め続け、数々の受賞も重ねてきました。近年、力を入れているのは、草木染めならではの表現ができる植物の魅力の追求です。

染料は、植物を煮出して作ります。染料と、媒染といわれる色素の定着剤と、染めの時間や回数で色味は変わります。さらに、同じ植物でも産地や時期によって色が変わるということで、無限の組み合わせの中で色味を追求します。
様々な植物を用いますが、近年、クロモジを始めてみて驚いたのは、染料がカビないということ。煮出しただけの染料は、通常は時間が経つとカビが生えてしまうのですが、クロモジはカビがでないとのことでした。抗菌作用があるといわれるクロモジですので、さもありなんと思われます。
クロモジの枝を煮出したお茶がピンクになるように、クロモジの染料も赤みがかった茶色。これで染められた生糸は金色に。絞りが施された生地は光を反射していっそう輝きを増します。やはりクロモジも産地により色が変わるということです。寺田さんは伊豆戸田産のクロモジを使っています。

「植物の、目にみえない魅力を可視化できるのが染め物の魅力」と寺田さんは言います。桜、楠、茜…染めに用いる植物は様々で、当然、色味も異なります。植物としての見た目と、染め上がりの色味がまったく異なることもあります。染料は、植物を丸ごと煮出した、植物の全てが詰まった液。その液から発出する色味こそが植物そのものの世界観を表している、とも考えられます。草木染めの奥深さを教えていただきました。

京都らしさを演出するクロモジ垣

秦めぐみさんと、クロモジのそで垣
秦めぐみさんとクロモジの「そで垣」

神社で、庭園で、そして京町屋で見掛けるクロモジ垣は、京都を京都たらしめる、趣きに満ちた景観の一例と言っていいでしょう。クロモジを使用した垣根は最高級品の一つとされています。職人がクロモジの軸を一本一本枝打ちし、丁寧に火であぶりながら真っすぐに伸ばして作る手間暇のかかった垣です。素材の持つ気品さと、職人の技が詰めこまれた垣は高貴な趣と力強さが表現され、圧倒的な存在感を醸し出しています。

京都秦家は京都市の有形文化財にも登録されている京町家です。伝統薬の『奇應丸』を製造、販売してこられた商家で伝統文化を色濃く残しています。

当主の秦めぐみさんにお話を伺いました。座敷庭を拝見させていただきますと、立派なクロモジ垣が現れました。クロモジをぐっとまげてつくった独特の形は、「そで垣」といわれるものだそうです。座敷庭の奥、垣根の向こうには手水があります。つまり、そで垣には庭とお手洗いを分けるためのもの。目隠しという視覚的な効果の他に、香りが邪気を払うとの考えから、不浄なものを追い払うという役割も持たせていたようです。他にも、たいまつ垣という、こぶりの垣根も。繊細なあしらいで、クロモジならではの風合いで庭の趣をよくします。クロモジの垣根がご自宅にある贅沢さをうらやましく思います。

野上神社  黒木鳥居とクロモジ垣
野上神社 黒木鳥居とクロモジ垣
桂離宮のクロモジ垣
桂離宮のクロモジ垣

野宮神社は、黒木鳥居と源氏物語の六条御息所の場面で有名な神社ですが、ここの垣根もクロモジで作られています。宮司の懸野直樹さんによると、「昔は多くの神社でクロモジ垣が使われていた」とのこと。「やはり邪気を追い払うという意味がこめられていたのではないか。維持に手間と費用はかかるが京都の造園屋さんならたいてい作れるはずだ」とおっしゃっていました。クロモジ垣は、桂離宮にも美しいものがあります。京都はクロモジ文化も奥深くありました。京都市の北部ではクロモジが採れ、お茶を作っている会社さんもあると聞きます。クロモジが日本の文化で重要な役割を果たしてきたことを実感しました。