生活

お茶と特産品の開発で、クロモジに着目した島根県

海士町ではクロモジを福が来ると書いて「ふくぎ」と呼びます

「ふくぎ茶」を作るために、枝の太さで分類されるクロモジ
「ふくぎ茶」を作るために、枝の太さで分類されるクロモジ

クロモジは、古くから日本に自生する癒しと香りの和製ハーブ。このクロモジのポテンシャルに早くから気づき、お茶をはじめとする食文化を育み、特産品の開発を手掛けてきたのが島根県です。クロモジ研究会の会員である同県の海士町にスポットをあて、その取り組みをご紹介します。

海士町は、日本海に浮かぶ4つの島から成る隠岐の島の一つ。人口は2200人余り(2021年度)で、一時は人口減から島の存続を危ぶんだ時期もありましたが、町ぐるみの改革が功を奏し、島生活を応援する仕組みなどと相まって現在ではIターンの移住者が増えるなど全国が注目する地域活性の成功モデルとされる自治体です。岩がきの養殖など島の特産品を活かした新しい産業も興き、町そのものの魅力を大きく押し上げています。そんな町ぐるみの改革のなかで存在感を発揮したのがクロモジです。海士町ではクロモジを「ふくぎ」と呼びます。福が来ると書くことから、クロモジが生活に身近な存在であったことがうかがえます。

「ふくぎ茶」は漫画「美味しんぼ」でも紹介され、町の改革において名産品の仲間入りをしましたが、その立役者となったのがIターンで島へやってきた人たちでした。島では当たり前の飲み物だった「ふくぎ茶」に海士町の特産品としての価値を見出したことで、商品化を奨励するきっかけになったと言います。

「さくらの家」から生まれる、豊かな味わいの「ふくぎ茶」

クロモジだけでできている「ふくぎ茶」と「ふくぎ花茶」

「さくらの家」は海士町がサポートする、障がいをお持ちの方の就労を支援する福祉施設。「ふくぎ茶」の製造を始めたのは2007年。現施設長の本多美智子さんは、当時大分県からI ターンされていた後藤隆志さんとともに商品化を進めました。さくらの家のふくぎ茶は他のハーブを混ぜたりせず、クロモジだけでできています。豊かな味わいを生むためにクロモジの枝を太さで分類し配合を工夫、すっきりと飲みやすい味わいは繊細な作業工程の賜物といわれています。その技術は貴重な新芽の葉やクロモジの花をプラスし、さらに香り高いと評判の「ふくぎ花茶」の開発へとつながりました。ふくぎ茶の事業は施設の運営や利用者の収入に安定をもたらしています。海士町は、クロモジが地場の産業として重要な役割を担っていることがうかがえます。

放牧される黒毛和牛と共に育つクロモジ

放牧の牛と共に育つクロモジ

ふくぎ茶とともに、海士町の特産品の一つとして数えられるのが、高級黒毛和牛で知られる「隠岐牛」です。海士町では島全体で牛を放牧しています。島の森は急な斜面も多いのですが、意外なことに牛は平気で歩き回っています。クロモジを求めて森の中を進むと、足元で目につくのが牛の糞。それは森の木々にとっても嬉しい肥料となり、クロモジもまた循環する自然の恩恵を受けているのでしょう。牛とクロモジが共存する独特な環境も海士町ならではの光景です。

しかし急な斜面の多い島の森で、クロモジを伐採するのは相当の知見と体力を要することも事実。海士町では事業を持続させるため、クロモジを採取しやすい環境をつくろうとしています。種子を集めて発芽させ、苗木を育てています。それらをどのように育てていくか、試行錯誤が続けられています。

クロモジの産業化に期待を寄せる飯南町

クロモジの産業化に期待を寄せる飯南町

飯南町は島根県と広島県の県境にある人口約5000人(2020年度)の町です。出雲大社に納める大しめ縄を造るなど大役を担ってきました。同町は松江市と広島市を結ぶ幹線道路沿いにあり栄えてきましたが、高速道路が町を外れたことから経済的な危機感が高まり、町ではIターン移住者の拡大策や町の観光資源の再構築を進めています。

クロモジ茶を飲む習慣が各地に伝わる島根県にあって、特に飯南町周辺では地理条件がよいのか、クロモジの育ちがよく、産業化にも期待が寄せられています。町にある、県の中山間地域研究センターでは、近年、農家や企業から山のクロモジを活用できないかという問い合わせが入るようになり、栽培技術の研究を進めてきたそうです。

研究の結果、採取したクロモジの実は果肉を落とし、ポットに植えると4割から7割は発芽することが確かめられています。育てられた苗は、栽培に関心が高い人の圃場に試験的に植えられ、首尾良く成長するとそのまま生産の圃場へと植え替えられます。採取したクロモジはお茶になるとともに、スパイスとしての活用も視野に入れ、民間企業の協力を得ながらの模索が続けられています。

さらに、県産業技術センターなどと抗腫瘍、抗ウイルス作用などがあることを共同で研究。栽培、商品化、研究を共に進める島根県では「クロモジを県の特産品」に、との声も上がり、クロモジへの期待は高まるばかりです。

アイデアいろいろ、クロモジを「お宝」に変える!

クロモジのお茶「リンデラティー」
クロモジのお茶「リンデラティー」

クロモジ研究会の会員でもある(有)ユーエムディー(松江市)の大谷さんは、クロモジのさまざまな活用法を生み出しているお一人。子どもの頃から身近だったクロモジを島根県の「お宝」にするべく活躍されています。原料の調達から製造販売まで手掛け、クロモジのお茶「リンデラティー」、天下の名湯、玉造温泉の旅館でいただけるクロモジ料理といった食品開発から、すりこぎ棒やツボ押し棒などの生活雑貨に至るまで、アイデアを次々とカタチにしています。

世界遺産の町のクロモジ。大森町

2007年に鉱山遺跡としてアジアで初めて世界遺産に登録された「石見銀山遺跡とその文化的背景」を有する大田市大森町。この町にある石見銀山生活文化研究所は、衣食住のブランド「群言堂(ぐんげんどう)」を全国に展開している企業です。素材にこだわった商品を手掛け、暮らしに根ざしたライフスタイルを発信する同社は、クロモジを含む里山の植物で染めた衣類を提案し、全国にファンをもっています。また、島根県に古くから伝わるクロモジを使ったお茶は「からだ想いの里茶」の名で販売され、知る人ぞ知る逸品に。

クロモジ枝で「もち花祭り」。美保関町

また、島根県の東端、松江市美保関(みほのせき)町ではお正月にはクロモジの枝に餅をさして飾る風習がありました。近年では、旧正月にこの風習を復活させようと「もち花祭り」が行われています。島根県内ではこの様子が毎年報道され、お祭りでいただくクロモジ茶は「もち花茶」として広く知られるところとなりました。

空港や観光施設のお土産屋さんにはクロモジ茶コーナーも設けられるほどで、今後も島根県のクロモジ文化と産業の発展が大いに期待されています。

クロモジ製品
カステラからすりこぎ棒まで、たくさんのクロモジ製品が並ぶ

この方にお話を伺いました

クロモジ研究会 会員
島根県隠岐郡海士町 交流促進課
山斗 隼人さん

東京でも全国の離島の名産品を提供するレストラン「離島キッチン」を通じて海士町の魅力を幅広く発信しています。青森県のご出身です。

島根県中山間地域研究センター
大場寛文さん・冨川康之さん
藤原かおりさん・堂領正巳さん

飯南町役場
林泰宏さん・森山篤さん

石見銀山生活文化研究所
鈴木良拓さん・松場忠さん