生活

クロモジと香りの文化と歴史

想像力を刺激、豊かにする香り

橘茶
橘茶

「SEKAI NO OWARI」をご存じかと思います。「Dragon Night」という曲が有名で、歌詞、衣装、ステージの細部にわたるこだわりの演出が完成度の高い世界観をつくりあげ、たくさんのファンを獲得してきた音楽グループです。
彼らが2014年日産スタジアムで開催したコンサートのテーマはアジアのファンタジー。大きなスタジアムの凝った舞台に響く音楽と映像。そこに香りを漂わせることを依頼されたのが吉武利文先生です。香りも演出されることで会場は一体感を増し、観客のイマジネーションは相当に刺激されたことでしょう。

香りのデザイン研究所を訪れた私たちは、橘のお茶でおもてなしをいただきました。お茶と言ってもジャム状のペーストをお湯で溶いたもの。橘に造詣が深い(※1)吉武先生が鳥羽市「手づくり工房きらり」から取り寄せたのもので、柑橘類の爽やかさと甘さのバランスが素晴らしい、驚くような美味しさでした。

吉武先生とクロモジの出会いは静岡県。伊豆の『花吹雪』という温泉旅館でのこと。ここはクロモジの香りを館内に漂わせ、温泉にもあしらうクロモジの宿。その品のある香りに衝撃を受けたそうです。以来、伊豆のクロモジは吉武先生にとっての一番のお気に入りになりました。

※1 『AROMA RESEARCH(Vol.21 No.1 2020):「日本文化の象徴としての橘の香り」』

精油づくりの歴史

クロモジの精油

吉武先生によれば、伊豆でクロモジの精油を採り始めたのは明治時代。鈴木秀吉さんという1人の男性の創意工夫により始められました。明治時代には大手石鹸会社が精油を原料に用いたこともあり、クロモジの精油も需要が高まり、精油づくりが盛んになりました。その後、合成香料の時代となり全国的に精油の製造量は減りましたが、精油づくりは代々受け継がれています。

精油を造る技術である蒸留の歴史は古く、イスラム世界では8世紀には確立。10世紀の十字軍の遠征により西洋にも伝わりました。現在のオーデコロンは、もともとはアルコールに精油を希釈して、体を清潔に保つために用いられたそうです。14世紀には西洋でペストが大流行しましたが、消毒と殺菌に効果があることから、それは不思議の水とも言われました。オーデコロンという言葉は、フランス軍がドイツ(プロシア)に侵入した時にケルンでみつけた水(「オーデコロン」=「ケルンの水」)で、香りを楽しむだけではなく、消毒液として、疫病対策も担っていたと考えられます。中東や西洋では、香りは身近で生活に欠かせない存在でした。

産業化の歴史

日本にも精油の蒸留技術は17世紀には出島に伝わっていた記録があります。しかし、そこから広がることはなく、途絶えてしまったようです。南方の文化を琉球経由で知っていた薩摩藩が樟脳を作ったのが精油の蒸留の起源と考えられ、幕末に薩摩や土佐で発達しました。明治以降、岩崎弥太郎や鈴木直吉などの大商人も関わり、樟脳は産業として発展します。カンフル剤やセルロイドの原料になることから盛んに製造、輸出されました。次第に合成品が造られるようになり、今では昔ながらの製法ではほとんど造られていません。ただ、天然のものは香りの切れがよく、箪笥から出した衣類に香りが残ることもなかったといいます。今となっては贅沢な趣です。

日本の精油づくりの土台となった樟脳に限らず、天然の香料は合成香料にとって代わり、天然の精油は大きな産業ではなくなりました。しかし、日本全国で小規模ながら精油づくりは営まれており、今後の発展が見込まれます。

クロモジと香りの未来

クロモジもクスノキ科の樹木ですが、香りに花や柑橘系の成分も含まれています。そのため嗅ぎ始めは目が覚めるような爽やかさがありながら、甘みや複雑な余韻で奥深さを感じさせます。種類はもとより、産地や生育環境、精油の造り方によって香りが異なるのも面白い性質です。

地方によっては神木として扱われ、柳田國男の『鳥柴考要領』によれば、狩人が神様に捧げるのにクロモジに獲物を刺していたそうです。京都の神事が地方に伝わってそのようになったのではないかとのこと。このサイトの「お茶と特産品の開発で、クロモジに着目した島根県」の記事でクロモジにお餅を刺して飾るお祭りを紹介していますが、和歌山県日高川町には「パチパチ祭り」というものがあるそうです。お堂の周辺をクロモジの枝でパチパチ戦いながら五穀豊穣などを願ったということです。

クロモジが楊枝に使われていたことは殺菌作用があることからも理にかなっていました。お茶会では亭主が枝を削ってお菓子に添えることも。その楊枝は客人が持ち帰ります。和歌やお茶に詳しくあった井伊直弼は茶会でもらってきた楊枝に、同席者のことなどを記録していました(※2)。クロモジが文化的にも大切な役割を持ってきたことを表す興味深い一例かと思います。

※2『一期一会の世界 大名茶人 井伊直弼のすべて』(彦根城博物館)

吉武先生に、クロモジの未来を伺いました。歴史も深いですが、これからも有用な国産の植物のひとつであろうと。ただ、精油は採れる量が限られます。きちんとした産業に育てるには、生産性を上げること、質を保つこと、そして資源を守ることが求められるのではないかとのことでした。

香りはイマジネーションを覚醒させます。吉武先生は、コニカミノルタプラネタリウム(株)のヒーリング番組で香りを担当されています(※3)。ハワイの夜空にまつわるストーリーを、ハワイの花の香りとともに観ると、没入間が高まりました。リピーターが多い人気のプログラムになっているということです。(「NIGHT RAINBOW ~ハワイの星空に癒されて~」)

香りが私たちの生活を豊かにしてくれる余地がまだまだあるように思いました。クロモジの香りにもきっと大きな可能性があるはずです。

※3『AROMA RESEARCH(Vol.22 No.1 2021):「空気の流れと香りの環境演出」』

香料植物

『ものと人間の文化史 159・香料植物』(法政大学出版局)吉武利文著
「植物を蒸留し、その香りを精油として抽出する方法は古くから知られ、日常生活のさまざまな場面で活用されてきた。クロモジ、ハッカ、ユズ、ショウノウなど、日本の風土で育った植物から香料をつくりだす人びとの営みを現地に訪ねる。製法の実際と伝統技術の継承や発展の様子をたどりながら、香りが日本の産業や文化に果たしてきた役割を探る。」クロモジに限らず、日本の植物の香りについて知りたい方にお勧めの一冊です。

この方にお話を伺いました

香りのデザイン研究所
別府大学客員教授
一般社団法人日本スパ協会理事
吉武利文先生

<プロフィール>
1997年香りのデザイン研究所を設立。
富山県立山博物館野外施設「まんだら遊苑」や宮城県大崎市「感覚ミュージアム」の香りの企画・演出、コニカミノルタプラネタリウムの満天(サンシャインシティ)、天空(東京スカイツリータウン)のヒーリング番組の香りのプロデュースなどを手掛けるなど、21世紀の新しい香りの演出・企画を展開している。また日本に自生するる植物からの精油や、伝統的な植物の香りの活用方法を見直す「香りの地産地消」を提案、香りによるブランディング,まちづくりをプロデュースしている。